寺院そのものが新しくその地に作られることを開山あるいは開創といいますが、龍泉寺の開山は、永禄元年(1558年)、大善寺開山上人讃譽助給牛秀上人に帰依していた北条氏照が開基(援助者)となって、牛秀上人高弟であった西蓮社方譽来給上人によってこの地に創建されました。 創建12年後の元亀元年(1570年)に、堂宇を消失したものの、文禄元年(1592年)に同じく来給上人によって再建され、その後、浄土宗関東十八壇林(学問所)筆頭大善寺の末寺となりました。 亨保元年(1716年)火災によって伽藍が焼失。しばらくの間衰退したものの、寛保2年(1742年)、第十世の廓譽秀善上人が再興し、千人同心組の香華寺となるなどして再び栄えたといいます。 上人はこの功績によって、中興号を賜っています。しかしその後、火災に遭うなど次第に衰退し、境内にあった観音堂も焼失。しかし明治中期に至って入山した潤譽沢淵上人によって再興が図られ、現在に至っています。現本堂は、昭和30年代に改築されたもので、現住職諦譽道生上人は、第一世来給から数えて三十二世です。