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法身寺の宗派は、禅宗の中の臨済宗(りんざいしゅう)です。山号は、中興開基さんの法名に因んで月海山と号し、本山は円覚寺(鎌倉)です。
法系は、遠渓派ヌは幻住派俗に碩派(法名の諱に碩の一字をつけるためそう呼ばれる)という派に属しています。
法類寺院(寺としての親戚)は、開山禅師を同じくする寒光寺(江東区深川)と祥雲寺(葛飾区亀有)の2ヵ寺であります。
寺伝によりますと、当山は初め寛永8年(1631)徳川3代将軍の時に松平伊豆守の姪少林院殿を開基として渋谷に開創されました。そして、彼の地に7年間あり、牛込榎木町に移転し13年間に在って、慶安4年(1651)4代将軍の頃に現在の牛込原町の地に落ち着きました。
その時、幕府旗本3千石の小堀家3代目政孝公(最乗院殿月海宗舟居士)が小堀家の香華院とするべく本山円覚寺の住職をしていた浮山碩然禅師を拝請して小堀家が中興開基となり、ここに禅寺としての体裁が整えられました。
碩然禅師は、開山の称号を師の別伝碩分禅師に譲り自らは中興開山になられました。
その後、開創時の建築物のすべては安政5年(1858)に青山辺より出た大火により消失してしまいました。
そのため、翌安政6年(1859)に開基家によって仮本堂兼庫裡が復興されました。しかし、明治維新のため無住になり明治28年に先々代泰道和尚が入山される迄は、かなり荒廃した時代を過ごしました。
そして、明治40年に中興開山碩然禅師と出自の家を同じくする苗村又右衛門により現在の本堂が寄進されました。そして、平成16年に客殿の全面的な新築によりまして面目を一新いたした次第であります。
尚、新宿区教育委員会より次の3点の文化財指定を受けています。
@「大和田建樹終焉の地」新宿区指定史跡
A「虚無僧寺旧鈴法寺江戸番所資料」新宿区指定有形文化財(歴史資料)
B「法身寺文書・五点」新宿区登録有形文化財(古文書)
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