真言宗豊山派神護山常久寺は、その昔、行基菩薩が東国巡教の際の休息場と伝えられます。鎌倉時代は、北条氏討伐に出陣された新田義貞公に協力し、多大な功績のあった郷士常久守氏の追善供養のために1763年(宝歴13年9月)、五堂伽藍を建立しました。 明治の初期当寺院は全焼しましたが、不幸中の幸い本尊と二尊仏は無事消失を免れました。 現在、地名として当寺院の「常久」が残っております。