|
当寺は永禄5年、駒込吉祥寺三世・圭隆大和尚により江戸清水門外に創建された。後、慶長年間に田安門外に移転、さらに元和2年には江戸城拡張のため牛込横寺町に移った。その後、明治41年、現在地に移転した。
当寺は、奥州中村・相馬家。奥州福島、備中庭瀬の板倉家の菩提寺であり、両家の立派な墓石がある。中でも島原の乱の時の官軍総指揮官であった板倉内膳正重昌の墓が有名である。
この地、剣客・岡田十松の墓石文字は藤田東湖の筆になる。また、江戸北町奉公をつとめた初鹿野依興。儒者・石川柳溪。儒者で荻生徂来の門下生、長坂黒肱などの墓もある。
境内には小田原最乗寺の道了さまの堂宇があり、小田原の道了さまとして親しまれている。
|